部員ら恩返しを誓い新寮へ – 長崎新聞



夕食後に自主練習する部員=南島原市、旧梅谷小部員ら恩返しを誓い新寮へ
夕食後に自主練習する部員=南島原市、旧梅谷小部員ら恩返しを誓い新寮へ

 熊本地震後、野球部寮の代わりとなった南島原市南有馬町の旧市立梅谷(うめだに)小校舎で約10カ月間、地域住民に見守られながら避難生活してきた島原中央高野球部の部員たちが、島原市船泊町の同校敷地内に完成した新たな寮に移る。「野球で活躍し、恩返ししたい」。試練を経て再出発する部員らは、温かく迎え入れてくれた南有馬の住民らに感謝し、飛躍の誓いを胸に刻んでいる。

 同校によると、かつての野球部寮は学校近くの島原市親和町にあり、部員の大半が共同生活。昭和40年代後半の建築で老朽化が進み、移転新築を待って、古い寮を出る予定だったが、昨年4月に熊本地震が発生した。熊本とは有明海を挟む島原市も大きな揺れに襲われ、このまま古い寮での生活は危険だと判断。同部のバスで李崇史(リスンサ)監督(35)や部員たちは車中泊をした後、市内の避難所や雲仙市千々石町の県立千々石少年自然の家で計約4週間、避難生活を余儀なくされた。

 同校はその間、島原半島内で寮として借りられる物件を探した。南島原市教委からいくつかの廃校を紹介され、児童減少で2015年3月に閉校した旧梅谷小の地元住民への説明会を市教委と開催。地元側は「若い人が来てくれれば、(閉校となった地域に)また活気が出る」と快諾してくれた。

 県内外出身の1〜3年生計24人と李監督、寮監は2階建ての旧校舎各教室などにベッドや生活用品を持ち込み、入居。浴室を新たに整備した。平日は同校で午後7時まで練習し、バスで約40分かけて旧梅谷小に”帰宅”。夕食後、夜遅くまで運動場や体育館で打撃や走り込みなどの自主練習を重ねてきた。部員らは21、22両日に荷物を運び出し、新しい寮に移る。

 16日夜、地元公民館で生徒が感謝の気持ちを込めエイサー踊りを披露。梅谷地区会の神島道守会長(65)は「寂しくなった地域に皆さんが来てくれて学校に明るい灯(ひ)が復活し、住民みんなの気持ちも奮い立った。今後も応援します」とエールを送った。

 取材に、李監督は「『これからどうなるんだろう』という一番きつい時に助けてもらい、非常にありがたかった。落ち着いて生活できる場を確保でき本当に安心した」。2年の臼井蒼登さん(17)は「住民のミニバレーに参加した際、『君たち元気いいね』と気さくに接してくれた。野球人生で忘れられない1年。梅谷を離れるのは名残惜しいけれど野球を頑張り、活躍する姿を住民に見せて恩返ししたい」と話した。




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