「夕月」と「蜂の家」のカレー 対決!長崎vs佐世保(7) – 西日本新聞



 長崎市では半世紀以上、親しまれる赤いカレーが有名。佐世保市には伝統の味を守るビーフカレーがある。う~ん、おなかがすいてきた!

 奥深いスパイス物語

 平たい皿に盛られたライスを囲むように、三日月形にルーが流し込まれる。まるで夕焼けの空に映える月のようだ。1958年創業の「夕月」で愛されるカレーは、赤い見た目から辛いと思われがちだが、口当たりはまろやかで子どもにも親しまれるメニューだ。

 2代目の田河英一社長が、初代の貞雄さんからレシピを受け継ぐ。色の理由は英一社長だけが知る秘密。25年働く夕月本店(長崎市万屋町)の申文(しんぶん)店長(50)にも一切知らされない。「スパイスや調味料の色でしょうけどね、教えられないんですって」と困惑の表情を見せる。この味を求め50年以上通う常連も多い。

 ゴトーちゃん 「何なんだこれは! 食べてみたくなってきた…」

 チョージくん 「夕月カレーば思い出したら、よだれの出てくるばい」

 赤いカレーはもう1店。「カルカッタ」(長崎市大井手町)の浜崎真一店長(52)は夕月で修業した父親から味を継承する。「独特のまろやかさは乳製品で出してるけど、それ以上はね…」。ここでも色の秘密には迫れなかった。カレー道はとても奥が深いのだ。

   ◇   ◇

 佐世保市のレストラン「蜂の家」のビーフカレーは1948年の創業から市民に愛され続けている。25年ほど前からはチルドパック入りを発売し、販路は九州各県や関東にも広がる。

 創業者の故平倉太刀雄氏は戦前、皇族御用達のホテルで料理人だった。戦中は東南アジアに進駐する皇族の料理係を務めたという。戦後に佐世保で喫茶店を開いた時、東南アジアで覚えたスパイスでカレーをこしらえた。日本ではまだスパイスは珍しかったが、佐世保では米軍を通じて手に入りやすかった。

 ゴトーちゃん 「歴史に思いばはせると、コク深く、味わい深くなると!」

 チョージくん 「佐世保ならではの物語があるんやね」

 2代目の田渕盛太郎さん(58)は「思い出を頼りに何十年ぶりに来てくれる方もいます。舌の記憶を預かっているので味を変えることはできません」。店舗は開店当時の場所から市中心部の商店街に移転した。場所は変わっても、思い出の味は変わらず訪れる人を待っている。

 第8回:世知原茶と長崎びわ

=2017/01/14付 西日本新聞朝刊(長崎)=

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